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門出の選択 01

Author: Runa
last update Last Updated: 2025-11-26 14:51:53

♩〜♩♬〜♫〜♪〜

* * *

「最後の卒業練習、終わっちゃったね。莉愛ちゃん」

 午後の日差しが、校庭の向こうから差し込んでいる。廊下の窓から差し込む光が、ほんのりと春の香りを運んできた。

 卒業生だけの特別練習が終わり、みんなが体育館からそれぞれの教室へ戻っていく中に、私は友だちの詩乃ちゃんと並んで歩いている。

 明日は卒業式。だから、これが初等部での最後の一日だった。

 前に届いた中等部の制服と羽織は、袖を通しただけで胸が高鳴った。直しもいらなかった。準備は全て整っている。

 あとは明日、初等部を卒業するだけ。

「そうだね。何だか、あっという間だったね」

 私がポツリと呟くと、詩乃ちゃんは小さく頷きながら、ふふっと笑った。

「中等部から、魔法の実技授業とか試験があるんだよね。少しだけ楽しみなんだよね!」

 詩乃ちゃんは、魔法を使うのがとても上手で、いつも教室で、折り紙で作った鳥を魔法で舞わせていた。

(きっと、中等部でもすぐに人気者になるんだろうな)

「中等部……“天律学園《てんりつがくえん》”は、みんな寮生活なんだよね。少し不安だな」

 私がそう呟くと、詩乃ちゃんはちらりと私を見て、また笑った。

 天空律環《てんくうりっかん》学園———通称、天律学園てんりつがくえん

 中等部と高等部が一緒になってる学園は、空中大陸に暮らす十三歳から十八歳までの学生、約七万人が通う巨大な学園都市。

 中央都市内にある、広い敷地に校舎と十二の寮、そして魔法の研究施設や訓練場が集まっている。

 そこで私たちは、また新しい生活を始める。魔法を学んで、仲間を作って、自分だけの未来を探していく。ほんの少しの不安と、沢山の期待を抱えて。

「寮はどこになるんだろうね〜! 莉愛ちゃんと一緒だったら嬉しいなっ!」

 詩乃ちゃんが、明るい声で笑いながら言う。

 天律学園《てんりつがくえん》には、和風月名がつけられた十二の寮がある。どの寮になるかは、入学式の儀式によって決まるんだって先生が言ってた。

 その儀式では、魔力の資質や性格の傾向、魂の響き方まで見られるらしく、学園はその結果を基に、生徒たちの可能性をもっとも引き出せる環境へと導くらしい。

 この寮は、ただ勉強のために用意された場所じゃなくって、食事も、眠ることも、毎日の暮らしそのものを共にする、まるでもうひとつの家のような空間。

 ——魂の波長が似た者同士が集められる。

 そんな話を、お母さんがしてくれたことがある。

「波長の合う人が集まるから、とても過ごしやすいのよ」

 微笑みながらそう言ったお母さんの顔を思い出す。

 誰と同じ屋根の下で日々を過ごすのか、まだ知らないけど、不思議と不安はなかった。きっと、心の奥のどこかが、ちゃんと繋がっている。そんな人たちと出会える気がしていた。

「ねっ! 一緒だといいね!」

 私がそう返すと、詩乃ちゃんはにっこりと笑って、嬉しそうに頷いた。そんな他愛もない会話をしているうちに、いつの間にか教室の前まで戻ってきていた。

 教室の扉を開けて中に入ると、もう何人かのクラスメイトが席に着いていた。詩乃ちゃんとバイバイして、自分の席に向かうと、もう後ろの席にはカナタが座っていて、頬杖を突きながら静かに窓の外を眺めていた。

「明日は卒業式だね。カナタは初等部生活、どうだった?」

 私が席に座り声をかけると、カナタは顔をこっちを見て、相変わらずの穏やかな表情で目を細めた。

『んー……楽しかったって言えるほど簡単じゃないし、辛かったって言い切るほど悪くもなかったけど……』

 言いながら、カナタは少しだけ目を細めて、機械混じりの声を漏らす。言葉を探すように宙を見上げた後、小さく首を傾げて、ポツリと続けた。

『……よく分からないや。でも、大切な時間だったと思う』

「うん、何か分かる気がするっ」

 曖昧だけど、どこか核心をついているようなその言葉に、思わず私は笑ってしまった。

 カナタはしっかりしていて大人びているけど、時々ぼんやりしている。だけど、そういうところが何だか心地いい。

 いつものように帰りの準備をして、席でカナタとお喋りをしながら先生を待つ。この時間も、今日で最後。

 チャイムが鳴って、教室のざわめきが少しだけ静まった。扉が開き、担任の先生がいつものように教室に入ってくる。

「みんな、席に着いてください。今日はちょっとだけ、話したいことがあります」

 先生の声に、空気が自然と引き締まる。立っていた生徒は席に着き、窓際の光が傾く教室に、しんとした静けさが広がった。

「……明日は、いよいよ卒業式ですね。こうしてみんなの顔を見るのも、もう明日で最後になるのかと思うと、ちょっとだけ寂しくなります」

 先生の声は、普段と変わらず丁寧だったけど、どこかその奥に、温かくて切ない何かが滲んでいた。

「みんなと出会ったのは、もう六年前になりますね。あの頃は、学生鞄が大きくて、小さい体で一生懸命に歩いていましたね……。今じゃ、ちゃんと力強く歩いていける子たちになりました」

 教室のあちこちで、クスッと笑いが溢れた。だけど、すぐにまた静かになった。先生は、少し間をおいてから続けた。

「この初等部で過ごした時間は、みんなの中で、きっとこれからも静かに息づいていくと思います。楽しかったことも、悔しかったことも、全部があなたたちを作っていきます」

 先生の真剣な眼差しと、その奥にある優しい言葉が、静かに、でも確かに胸の奥に降り積もっていく。

「中等部に進んでも、失敗を恐れずに、自分の心の声を大切にしてください。あなたたちなら、大丈夫。自信を持って進んでください」

 気付けば、ほんの少しだけ息が詰まりそうになって、私はそっと義手の指先を握りしめた。

 温かくて、ちょっぴり切ないその思いに、胸の奥がキュッと、優しく締めつけられるようだった。

 誰も声を出さなかったけど、きっと全員が、先生の言葉をちゃんと心の中で受け止めていた。

 先生が、ふっと柔らかく笑った。

「では、明日の卒業式について連絡します。式は朝九時から。制服と羽織を着て、八時半までに教室へ集合です。遅れないように。家族の方と一緒に来る人は、入口の案内にしたがって入場してください」

 メモをとるペンの音が、小さく教室に響く。

 ああ、本当に明日で卒業なんだ。

「……それでは、今日はここまで。また明日、会いましょう。日直、号令を」

 先生が、いつも通りの明るい声で言った。全員で声を揃えて挨拶をする。

 椅子の軋む音、鞄を閉じる音、机の引き出しを確認する音。だけど、みんな何となく名残惜しそうに、すぐには教室を出なかった。

 私は、窓の外をもう一度見た。柔らかな日差しが、街並みを金色に染めていた。

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